千代ヶ丘コース
麻生郵便局の前を平尾に伸びる「平尾中央通り」の「下平尾」の丁字路で千代ヶ丘の方に曲がり、
すぐ左に折れる。麻生高校を右手に見て左に入ると「向原南緑地入口公園」に出る(写真左)。
公園の右手の細い道を上がると「向原の里緑地保全地区」がある(写真右)。
向原の里緑地を通りぬけ、「向原2丁目」バス停近くから、金程中学校の脇を通って「金程万葉苑」に出る。
この公園は、万葉集に詠まれている植物を中心に、失われつつある、この地域の野生植物もあわせて植栽し、 「金程万葉苑」と命名された。左の写真は万葉苑の入口、中央の写真は万葉苑の中の様子を写したもの。 およそ80種の万葉草木に、それにまつわる歌を記した木札を添わせている(写真右)。
万葉苑から北に200mほど歩くと、向原の森公園に出る。
配水塔近くのこのあたりは、昔、小高い丘で標高135mと記されていた。この峠道から、武蔵、相模、伊豆、駿河、甲斐、
上総、常陸と7つ以上の国々を見ることができた。里人は、このあたりを七国峠と呼んでいた。
「千代ヶ丘3丁目」バス停の近くに、山田土筆細山美術館がある。細山の原風景を愛情をこめて描いた
日本画が展示されている。画家のアトリエを含む住宅を美術館にしたサロン風の美術館。写真の木立の奥に
美術館がある。
左の写真は供養塔で、外から見えないが、供養塔の左に道祖神も祀られている。セイノカミ(塞神)とも呼ばれ、
村はずれにあって、外からくる災いを防いでくれるとされている。
ここ白井家にあった寺子屋真川堂は白井清三郎が1864年に開いたもの。当時、男29人、女3人の
生徒であった。1872年の学制発布にともない、1873年に廃止された。
1530年、北条氏康と上杉朝興が小沢原
で戦い、この戦いで勝った北条軍の兵士が勝どきをあげながらこのあたりを駆け上ったということから勝坂という
名前がついたという言い伝えがある。写真は勝坂。

「もみじヶ丘公園東側」の丁字路近くにある「もみじヶ丘公園」(写真左)の脇を上ると金程1丁目
に出る(写真右)。このあたりが、道順8でのべた古戦場「小沢原」のあった場所のひとつと伝えられている。
もっと多摩川よりとの説もある。